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はじまりの物語

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突き詰めた末に出会った自然農法

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「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

自然栽培に取り組む平山貴之さんの田んぼには、周囲よりも一際背の高い稲穂が実っていました。九州の在来種「穂増」です。江戸時代に主流であったお米で、かつては熊本を中心に、各地で栽培されていました。栽培している品種ひとつを取ってみても、昔から地元で食べられていたお米を作りたいという平山さんの思いが感じられます。

平山貴之さん

ひらやま・たかゆき 世界一周の船旅をきっかけに、日本料理店で修行。和食から食材である野菜に関心が移り、農業に取り組む。2014年に熊本へ移住し、南小国町の旅館に住み込みで勤務。2018年に竹田市へ。現在は自然栽培の米農家として、美味しい米作りを追求している。

在来種である穂増は粒が太くてずんぐり。あっさりとした味で食べ飽きません。

たわわに実った稲穂と同様に、農業に対する思いにあふれている平山さん。そのこだわりが実を結ぶまでの道のりは、一風変わっています。

出身は静岡県。5つ年上の兄の影響で、小学3年生のころから洋楽に夢中でした。「ボン・ジョヴィにはまって、マドンナも悪くないよね、なんて話してました」。同級生たちが「光GENJI」に憧れていた頃です。

洋楽の深みにどっぷりハマり、聴くだけで飽き足らず、自らもベースを手に取り、ミュージシャンを夢見るようになりました。ひとつのことにのめり込み、突き詰めていく性格は幼い頃にもう芽吹いたようです。

東京の大学に進学したものの、幼い頃からの夢を実現させるために、中退して音楽の専門学校に入り直しました。そこで才能の差を目の当たりにして、プロになることを諦めることになります。

地球一周の船旅での衝撃

和食を学んでいた平山さん。台所に立つ姿が様になっています。

夢を失った頃に、飲食店で見つけた1枚のポスターに目が止まりました。そこに書かれていたのは、地球一周の船旅。当時の平山さんはまだ海外旅行をしたこともありませんでした。「音楽ばかりで自分の知らないことばかりでした」と好奇心を抑えきれません。

旅費はかなりの高額でしたが、参加の意思は固かったといいます。旅で得られる経験のために2年目の学費を参加費に回しました。こうして、25歳で地球一周の旅へと出航することになりました。

3カ月間かけて世界各地を巡る長旅です。移動の時間はずっと海の上。船内で漠然と過ごすのではなく、さまざまな講義やワークショップが用意されていて、文化や歴史を学ぶことができました。それだけでなく、参加者同士で打ち解け合って、親交を深められるのも魅力です。

そうした交流の中で、ヨルダンの学生と話していた時のことです。自分の国のことを誇らしく語る学生に対して、「日本はどんな国なの?」と尋ねられても、平山さんは答えることができず、衝撃を受けました。

「自分の国のことなのに全然語ることができなくて、恥ずかしくなりました」

この会話がきっかけとなり、帰国してから日本について学ぼうと決意。飲食店でアルバイトをしていた経験もあり、和食を日本文化に触れる入り口にしようと、日本料理店で働きはじめました。

素材そのものを生かして調理する和食の真髄にふれ、いつしか平山さんの関心は食材そのもの、自分で育てることのできる野菜に移っていきます。

ひとつのことを掘り下げる性格がここでも発揮されるのでした。

農業を始め、川で入浴

稲作に関する本はこれからも増えていくはず。

オーガニックな農業を学ぶために、カナダにファームステイした後、静岡で就農。農業法人で有機栽培を実践しました。

自分の理想とする自然農を突き詰めていき、「自分の畑に化石燃料を入れないことにこだわった結果」という暮らしに至ります。電気、ガス、水道のない山小屋での生活です。風呂はもちろん、シャワーもなく、汗を流すためには素っ裸になって川にどぼんと浸かるのが入浴でした。やや極端とも思える日々は半年ほどで終わります。

「実家に帰れば、電子レンジでごはんをチンして食べられることにギャップを感じました。自分だけが突き詰めたところで、世界は何も変わっていないわけです。自分だけの世界でやっていたんだなと気づきました」

仙人のような暮らしをやめ、父親が移住していた熊本県に居を移すことにしました。父方のルーツであり、先祖代々の土地が残っているのが熊本でした。

引っ越すにあたり、車だけを残して、家財道具などは全て手放しました。九州でゼロからのスタートです。

慣行農家でのアルバイトを経て、南小国町の旅館で住み込みの仲居として働きだした平山さん。

「自然農にまた取り組む前に、それまでとは真逆の価値観に身を置きたくて、3年間は違った環境で働こうと決めていました」

旅館ではずっと避けてきたことにも挑戦しました。人と接すること、正社員になること、管理職としてまとめ役を務めること。苦手だと思っていた仕事は「意外と自分に向いていました」。誰かに喜んでもらうことで、自分の心が満たされるのだと知りました。

自分のやりたい農業を追求するのではなく、食べる人に喜んでもらうことに意味があるのだと、本質を理解した瞬間でもあります。

夫婦の会話。内容は分からなくとも楽しそうなのは伝わります。

新しい一面を発見しただけでなく、旅館で働いたことによって、人生の伴侶とも出会うことができました。妻である由華さんです。仲居のまとめ役であった由華さんとともに、接客やサービスの責任者を務めたことで、2人の仲は急接近して、めでたく結婚。再び自然栽培に取り組みたいという平山さんの思いを、由華さんが後押ししてくれました。

再び農業を始めるにあたり、自然農に適した環境、家探しが待っていました。

車で1時間ほどで親に会える距離で考えていたところ、竹田市の「農村回帰宣言市」という標語に興味を引かれます。そして、相談に訪れた竹田市役所に、奇跡的な出会いが待っていました。

自然農家が借りていた物件です。前日に相談があった一軒家で、退去するにあたり、後を継いで自然農に取り組んでくれる人を探しているというのが相談の内容でした。

その日のうちに現地を訪れることに。湧水、家の横に畑があること、日当たりの良さ。平山さんの3つの希望と一致していたため、1件目にして即決しました。

旅館で働きながら、休みの日には家をセルフリノベーション。自分で地道に壁を塗り続けました。

くるりと円を描いている2つの稲藁が平山さん夫妻の「婚約指輪」。

平山さんの住む倉木地区は山間部に位置しており、寒暖差があり、清流にも恵まれています。集落の一角には水神さまを祀ったお社があり、いつもキレイに掃除が行き届いています。水の恩恵を受ける農家が多い土地柄を表しています。

豊かな自然に囲まれ、米作りが盛んで昔から美味しい米の代名詞として「倉木米」は知られてきました。大分県の米価を決める基準にもなっていたという米でしたが、現在は米農家が減っているそうです。そうした現状を知り、「米は食生活のベース。産地を助けるために少しでも力になれれば」と、平山さんは専業農家として米づくりに取り組んでいます。

水神様を祀った祠。きれいに清掃されています。

栽培している古代米「穂増」は、コシヒカリなどの品種改良した稲よりも、穂が茎の上部につくため、倒伏しやすく、脱粒率も高い為、収穫量が少なくなりがちです。

それでも生産にこだわるのは、地域の背景を重んじるからこそ。穂増は九州にルーツがあり、江戸時代に広く浸透していた品種です。ひとつのことを深掘りする平山さんらしい米作りです。

穂増の味はというと、粘り気が少なく、あっさりとして甘みは控えめ。「飽きずに食べれて、主菜の味を引き立ててくれます」。米アレルギーでも食べられる可能性があるとのこと。

炊き立ての穂増。お日様のような香りがします。

いざ住み始めて自然栽培に取り組みはじめ、ありがたかったことがあります。前住人の猪股さんが自然農を実践していたこともあり、周囲の慣行農家が平山さんにも理解を示してくれたことです。

「ご近所の方が農薬を撒くときには、こちらの方に散布しないように気遣っていただくこともあります」

倉木は山間部の集落ながら、若い世代が多く活気に満ちています。自治会の行事やイベントなどが盛んです。集落にある神社は、住民の心の拠り所となっていて、神事だけでなく、草刈りや清掃を定期的に行っているそうです。「地域で大切に守っていくものがあるっていいなと思います」と平山さん。運命的な出会いに導かれ住みはじめた倉木で、大きく根を張り、地域の歴史をつないでいくつもりです。

緑あふれる前庭での昼食はピクニックのよう。

自然本来の特性と営みを活かした米作りを目指す

とよくに農園
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text:Takuya Wakaoka

photograph:Tomokazu Murakami

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