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はじまりの物語

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祖母山が育む、水を巡る旅

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阿蘇山やくじゅう連山、祖母山系の山々に囲まれた大分県竹田市の入田地区には、竹田湧水群と呼ばれる50を超える湧水地があります。その特徴は、人々の生活に根ざし、大切に維持されているということです。入田地区を流れる緒方川の上流には、その源流である祖母山がそびえ、山麓ではいくつもの滝が見られます。湧水地から滝へと水の流れをたどる旅をしてみると、山の恵みを受けて暮らしてきた里の人の営みが見えてきました。

水のはじまりへ遡る道

神原渓谷の真横を走る、祖母山へと続く道

祖母山の登山口へ向かう道は、川を遡るように走っています。初めは広く穏やかな緒方川の横を進み、途中からは祖母山山麓を流れる神原川に変わります。大きな石がゴロゴロとした渓谷は、次第に細く険しくなっていきます。この水のはじまりの頂を目指すと思うだけで気持ちがはやります。川の存在が、山へ登る気持ちを高めてくれます。

いつもはそうして、川を横目に通り過ぎるだけだった祖母山への道。車を走らせながら気になっていたのは、道沿いで多く目にする「名水」「湧水」という看板です。聞けば、祖母山麓の入田地区には、「日本名水百選」にも選ばれた「竹田湧水群」があるといいます。山に登った翌日、いつもは通り過ぎていたそれらの湧水地を巡ってみることにしました。

夏には順番待ちの列ができるという湧水が流れるウォータースライダー。すぐそばの河宇田湧水からの湧水が流れます。広い駐車場にシャワーや更衣室もあり利用しやすく家族連れに大人気

竹田の水を巡る旅はプールから始まります。中島公園河川プールは、JR豊後竹田駅から車で10分の距離にあります。ここは緒方川を利用した天然の湧水プールです。ウォータースライダーには、すぐそばにある河宇田湧水が流れ込んでいます。夏には多くの家族連れが訪れ、周囲には出店なども出て、川でありながらまるで海の家のようなにぎわいを見せるそうです。

ウォータースライダーの水が流れ込む緒方川。祖母山を源流とします

ウォータースライダーを流れる水は、目の前の緒方川に流れ込みます。緒方川は日本百名山の一つである祖母山を源流として大野川へ合流し、大分市を経て別府湾へ注ぐ一級水系です。ウォータースライダーのある場所は、湧水と川の水が合流するところです。川底からも湧水が噴出し、大雨や台風の後でも水が濁ることはほとんどありません。

湧水の温度は年間を通して15℃〜16℃を保ち、冬は外気温よりも川の水温のほうが高くなり、水面に川霧が発生することもあります。この川と湧水がもたらす適度な湿度は、日本一の生産量を誇る竹田の特産品を生み出しました。明治時代から120年間にわたり栽培されている香辛料や漢方、染料などに使われるサフランで、なんと全国の8割が竹田市でつくられています。

中島河川プールのすぐ側にある「河宇田湧水」。駐車場の前に水くみ場があり、給水タンクを携えた人が入れ替わり立ち替わり訪れます
竹田湧水群の中でも最も湧水量の多い河宇田湧水。その量はなんと1日8000リットル
河宇田湧水のすぐそばには、湧水を利用した養殖場を併設したエノハの料理屋「命水苑」があります

次は、プールの源泉である河宇田湧水へ。竹田湧水群一の湧水量を誇り、並んだパイプからは常時水が流れ、次々と水をくむ人が訪れます。周囲には湧き水を利用した人気の中華そば屋さんや、湧き水で養殖されたエノハ料理を出す食事処があり、湧水の恵みをたっぷりといただけるスポットとなっています。

河宇田湧水の隣にある中華そば屋「こっとん」。湧水と地元の食材を利用した人気店です
河宇田湧水の水くみ場から少し奥まった場所に水源がありました

暮らしの真ん中にある湧水 

竹田湧水群の周辺を歩いていると、あちこちで足元に清らかな水が流れていることに気づきます

河宇田湧水から徒歩10分ほどの場所にある泉水湧水へも立ち寄ってみました。パイプから湧水が流れる河宇田湧水とは違い、コケむした池のような湧水源から直接水をくみます。どこからくもうかと目を凝らしてみると、波紋のようなものが立ち上がっている場所があり、水筒を沈めます。すぐ足元から次々と湧き出る水をくめるのです。

すると、年配の女性が大きなタンクを担いで水をくみに来られました。近所の方でしょうか? 都市に暮らす中で、自分たちの飲み水がどこからやってくるのか、その源泉はどこなのか、理解している人はどれくらいいるのでしょうか。私たちは、蛇口から出てくる水を当たり前に使っています。日々の生活用水を、こうして源泉からくめる人を羨ましく思いました。

足元から湧き出る水を直接くむことのできる泉水湧水

竹田市は、北にくじゅう連山、南に祖母傾山系、西は阿蘇山という山々に囲まれた場所にあります。それらの山に降り注いだ雨は、長い歳月をかけ火山岩が堆積した地下を伏流し湧き水となって竹田にたどり着きます。その中でも入田地区の竹田湧水群は、日々の生活水として使えるようにくみやすい場所にあることが特徴で、人々の暮らしに根差し維持されてきた湧水群です。

湧水処には清流を好むクレソンが目立ちます
泉水湧水の左の道を進んだ先にある諏訪神社。少し奥まった森の中にありますが、新年には地元の人々がここに集まるのだとか。湧水地のそばには必ず神様がまつられていて、お参りをしてから水をいただきます

水の還る場所へ

神原渓谷大橋から渓谷とその先に祖母山を望みます

おいしい水を飲んだ後は、もっと上流の水の流れをたどってみたくなり、緒方川から神原川へと移動し、神原渓谷大橋を訪ねてみることにしました。巨大な橋の上からは、神原渓谷を真下に見ることができます。上流へと川筋を目でたどると、その行き先には祖母山が見えます。水の来た道を目で見て確かめることができる場所です。

眼下には、規則正しく並んだスギの木が揺れています。かつて、祖母山から切り出されたスギの木はソリに乗せられ、“木馬道”という道を使って人力で山麓へ下ろされていました。山中にはその道の跡である石垣が残っています。そうして里に下ろされた材木は馬車で運ばれ、湧水の水力で製材されていました。林業が最盛期の入田地区では商店街が賑わいを見せ、お正月には初売りを目当てに山から人が里へ降りてきていたといいます。

神原渓谷大橋の真下に広がる植林の森

神原川の上流には滝が点在し、秘境滝めぐりを楽しむことができます。ただ、滝までの道は荒れている箇所も多く、足場が悪い場合もあります。今回は、その中でも比較的分かりやすい場所にある「ヒイバチの滝」を訪ねてみることにしました。

県道639号から、民宿清流と神の里交流センター緒環の間の道へ入り、神原川上流へと向かいます。「秘境滝めぐり」の標識がある「白水橋」を渡り、林道へ進みます。車の場合は、八丁越登山口手前の駐車場に止めることができます。八丁越登山口の前の道を進み、秘境滝めぐりの標識にしたがって20分ほど歩くと、林道の突き当たりに出ます。木の橋を登ると、樹間に落差60mはあるという4段のヒイバチの滝の筋が見えてきます。

ヒイバチの滝へは、林道終点にある木の橋を登ります
落差60m、4段になって流れるヒイバチの滝

この滝に落ちる水は、もっと上の祖母山に降った一粒の雨水です。その水は緒方川へ合わさり、そのずっと先で別府湾へ注ぎ、そしてまた雨となり山へ戻ります。水の流れをおって遡っていくと、水の長い旅を想像することができます。

緒方川と神原川の源流となる祖母山

祖母山に登れば、炭焼き窯の跡や今も続く林業など、昔から人々が山の恵みを生活の糧としていた様子を見ることができます。しかし、山の恵みは山中だけでなく、ずっと下った町の中にももたらされていました。町を散策したり、山に登ったり、川で遊んだり、それぞれのスポットだけを訪れる旅では分からない、こうして山と川と町をつないで旅をしてみることで初めて見えてくるものがあるのかもしれません。

河川プールに掲げてあった看板には、「地域の川をきれいにすることは、海をきれいにすること。川を守ることは上流域に住む人間の使命だから」という言葉がありました。当たり前のように、毎日水をいただいている私たちにできることは一体何だろう。山と川と海、そんなつながりを胸に、水がはじまる祖母山麓を後にしました。

中島公園河川プール

https://maps.app.goo.gl/AYdENA9KKGeP1TzK6

河宇田湧水

https://maps.app.goo.gl/nLNZwYSB2wTpvhTT8

竹田の中華そば こっとん

https://maps.app.goo.gl/vkh3bHFi4Y7rV8TV6

泉水湧水

https://maps.app.goo.gl/fvyK976DC91rbQ6F8

ヒイバチの滝

https://maps.app.goo.gl/rpKsD4TQGGGN4GxbA

[大分県竹田市の宿泊、観光情報サイト]

たけ旅

https://taketa.guide/

text: Naho Yonemura

photograph: Tomokazu Murakami

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