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はじまりの物語

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自分だけの旅、してますか?

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どこかの誰かが写真に撮っていた景色でもなく、どこかの誰かがおいしいと言っていた料理でもない、あなただけの心に残る旅とは、どんな旅ですか?
祖母山山麓の宿で出会った旅人は、時間や計画に追われることなく、ゆっくりと自由に旅を楽しむ達人でした。彼らの旅のスタイルは、拠点を決めてどっぷりその土地に浸かることです。

山麓の宿で出会った、旅の達人

祖母山の神原登山口の麓にある民宿「清流」。心を尽くした料理と、川を見ながら浸かれる檜風呂が自慢

数年前、祖母山山麓の宿で、韓国から来たという男性3人組に出会いました。祖母山の神原登山口にほど近い場所にある民宿「清流」。祖父の宿を料理人の孫が継ぎ、登山者だけでなくグルメの間でも密かに人気の宿です。

ちょうど夕食時で、ご主人が腕を振るった料理をいただいていたところでした。隣のテーブルの3人組は素泊まりのようで、ガスコンロを出し、自分たちで鍋か何かを調理中。しかし、こちらが何を食べているのかが気になったようで声を掛けられました。メニューを見て、「明日は私たちもこれ、食べたい!」と、宿の主人にリクエストする彼ら。明日も泊まるの? 確かに料理は抜群でおすすめの宿。しかし、この静かな山村に2泊もして、一体何をするのだろう。気になって彼らの旅の計画を聞いてみました。

竹田の湧水で育まれたエノハがお皿で踊る一品。味だけでなく、美しい盛り付けにフランス料理の経験がひかる

一人はライターで、世界各国を旅して記事を書いているとのこと。日本に来る時は、なるべく民宿を利用するのだそう。理由は、ホテルよりも日本の文化や暮らしが見えるから。たいていは、宿を先に決めて、そこを拠点に数日間滞在するという旅のスタイルだといいます。この宿も、海外の旅行客の口コミを参考にして決めたようでした。

宿以外は毎回ノープラン。だからこそ、旅の拠点となる宿選びにはこだわりがあるようで、観光地化された場所ではなく、なるべく手の加わっていない、その土地ならではの景色が見られる場所を厳選するそうです。

そうやって白羽の矢を立てた祖母山麓の景色を、彼らは、いたく気に入ったようでした。今日は、宿のすぐ横の神原溪谷を散歩したり、トチの木の巨木が鎮座する近所の神社を訪れたり、シイタケのホダ場を見たり、炭焼き小屋を見つけたりしていたそうです。「あなたは今日は何をしていたの?」と聞かれ、山に登っていたと伝えると、「じゃあ、明日は俺たちも祖母山に登ろう!」と盛り上がるのでした。

大分県は全国一の生産量を誇るシイタケの産地です。ホダ場から今晩使う分だけを収穫する宿の主人

外国から来て、いきなり祖母山に登れるだろうか…。火をつけてしまった責任を感じ、気になった私は、足のない彼らを、翌朝登山口まで車で送ることにしました。宿から登山口までは車で15分ほど。徒歩では1時間くらいでしょうか。車窓を見ながら、楽しげに話している彼ら。登山口まで送り届けたものの、帰りが困るのではと思い、「宿のご主人にお迎えを頼んでおきましょうか?」と聞いてみると、きょとんとして、「今の道でしょ? せっかくだから歩いて帰ります」との返事。

神原登山口から標高1,756メートルの祖母山へ登るには、往復約6時間半かかります。下山後、さらに1時間もかけて宿まで歩けるだろうか…。彼らの無鉄砲ぶりが気になり過ぎてしまった私は、無事下山して帰れているのか宿に電話で確認してしまいました。「あの3人組は無事に宿に戻っていますか?」と尋ねたところ、「はい、もう1時間ほど前に、楽しそうに帰って来ましたよ」という返事が返ってきました。これでは、私はただの心配性な旅人です。

旅の達人から学んだ、心に残る旅に必要なもの

民宿のすぐ側には、健男霜凝日子神社の遥拝所があります。上宮は祖母山山頂で、神武天皇の祖母である豊玉姫を祀ります

近頃、日本を訪れる海外の観光客の中には、里山に残された日本の原風景を求めて、地方を訪れる人が増えているといいます。しかし私たちは、その原風景を素通りして、観光スポットを目指してはいないでしょうか?

始終、手元のGoogleマップを眺め、その経路以外に入ることを許さず、「ここ行かなきゃ、これ見なきゃ、これ食べなきゃ」と、旅のスケジュールをこなすのに精一杯。記憶に残る風景は、写真に撮ったそれと全く同じものであり、それはまた、どこかの誰かが写真に撮った風景と同じなわけで。一体どれだけの人が、旅をして自分だけの風景を切り取ることができているでしょう。そんなことに気づかせてくれたのが、旅の達人たちとの出会いでした。

祖母山5合目小屋の手前にある御社(おやしろ)の滝。かつて山伏たちは、この滝で禊をして山頂を目指したと伝わります

彼らは、地図も持たずに、ただ自分の感性に導かれるまま歩き続けていました。道行く人との何気ない会話から思わぬ情報を得たり、偶然見つけた路地裏に好奇心の赴くまま迷い込んでみたり、予想外の出会いに心を躍らせながら旅を進めていました。

彼らのように、その土地にどっぷり浸かり、あてのない旅をしてみたいものです。しかし、それは旅慣れた彼らだからできること。いきなり同じように無計画な旅をするというのは少々ハードルが高いですよね。

どうすればそんな旅ができるのでしょうか? 必要なものは主に3つ。それは、余裕のある時間、歩くこと、そして一番大事なのは、その土地の文化や暮らしを感じられる宿です。拠点となる場所が、緑あふれる山間部、あるいは海辺の小さな村など、自然に囲まれた場所であればなおいいでしょう。そうすれば、否応なしに無計画な旅が始まります。

祖母山麓の神原渓谷は渓流釣りのスポット。釣りをする際は入漁券を購入の上、身に付ける必要があります。 (撮影時は入漁券購入済み)

「ベースキャンプ=拠点となる宿」がなぜ大事なのか? それは、自分だけのペースで過ごせる、居心地の良い拠点をつくることでしか見えないもの、体験できないことがあるからです。

一つの場所にとどまることで、その土地の朝日に照らされた風景と、夜の静寂に包まれた風景を見ることができます。長く滞在することで、自分だけの秘密の場所、顔見知りになった地元の人、お気に入りのカフェやレストランができるかもしれません。そうするうちにその旅は、どこかの誰かの旅ではなく、あなただけの旅となっていくでしょう。

なるべく車は使わず、宿の周辺で好奇心を刺激する風景や人との出会いを探して歩いてみます。移動速度は落ちますが、きっと今まで見落としていたような、小さな発見や感動に出会えるでしょう。予定に縛られず、自由な気持ちだからこそ、心を開くことができ、思いがけない出会いや発見を楽しむことができます。これは旅人だからこそできることかもしれません。

旅の達人たちも満喫した、祖母山麓のベースキャンプ(宿)

学校に泊まってみる
学生時代にタイムスリップできる「あ祖母学舎」

”あ祖母学舎(あそぼがくしゃ)”で泊まる部屋は元教室。壁には今も黒板が掛かります

祖母山山麓の豊かな自然に囲まれた静かな場所にある「あ祖母学舎」は、閉校となった小学校をほぼそのままの状態で宿泊施設に改装したユニークな宿です。音楽室や実験室、図書室、調理実習室など、当時の教室がそのまま宿泊スペースとなっていて、宿泊客はまるで学生時代に戻ったかのような気分を味わえます。

夏休みは部活の合宿に使われることが多く、野球部やサッカー部、ラグビー部などの運動部だけでなく、熊本から毎年訪れる高校の美術部もいるそうです。数日かけて作品を仕上げるのでしょうか? 学校の側に子ども向けのマウンテンバイクのコースをつくる計画もあるそうです。

”あ祖母学舎(あそぼがくしゃ)”で泊まる部屋は元教室。壁には今も黒板が掛かります
畳の部屋と二段ベットの部屋を選べます。山仲間とだったら、布団を並べて寝るのも修学旅行みたいでいいかも

学校の校舎をリノベーションして宿泊施設にした場所はよく見かけますが、「あ祖母学舎」がそれらの施設と違うのは、空気も思い出も含めそのままの姿で残っているところです。廊下に貼られた掲示物、階段の踊り場にあるオルガン、図書室の本。足を踏み入れた瞬間、タイムスリップしたような、なんとも言えない気持ちになります。

そしてこの場所は、学校の姿を残すだけでなく、今も学校のように使われています。宿泊施設としての機能以外にも、地域住民向けの学習教室やワークショップなどが開催され、地域の人々の交流の場として使われています。夏休みには、子ども向けの自然体験教室も開催され、かつての校舎に再び子どもたちの笑い声が響き渡ることもあります。

過去の思い出と未来への希望が交差する「あ祖母学舎」は、単なる宿泊施設ではなく、地域の人々にとってかけがえのない場所となっています。

もちろん、学生や団体客だけでなく、一般の宿泊客も泊まることができます。祖母山の神原登山口まで車で15分ということもあり、祖母登山を目的とした登山者も多いといいます。周囲は森と田んぼに囲まれ、とびきり静かで集中できる環境です。ワーケーションにも最適な場所と言えるでしょう。

管理人さんは、「何ができるかというよりも、こんなことできるでしょうか?」と相談して欲しいと言います。昨年の夏休みには、小学生対象の昆虫合宿が開催され、大いに盛り上がったそうです。私だったら…、視聴覚室にあった大きなスクリーンに好きな映画を投影して、オールナイト上映会なんていいなぁ…などと妄想が膨らみます。

いつからここの子どもたちを見守っているのでしょう。珍しい木造の二宮金次郎

テントに泊まってみる
広々とした校庭を利用したキャンプ場「TEN-BA(テンバ)」

元は小学校のグラウンドだった場所が、週末にはキャンプ場となるTEN-BA(テンバ)

より自由を求める人は、あ祖母学舎の校庭を利用したキャンプ場「TEN-BA(テンバ)」でテントを張って夜を越してみませんか? 広々としたグランドはどこに張っていいか迷うほど。焚き火台を使えば火を起こすこともできます。テント泊の醍醐味は、食べる、飲む、寝る以外は何もしないこと。早々とテントを張って、最高のつまみをつくることだけに1日を費やし、自然の恵みを満喫しながら、夜は星空の下で火を囲み、眠くなるまで語り明かすなんてどうでしょう?

アウトドア気分を満喫したければ、翌日は思い切って早起きをして祖母山に登るのもおすすめです。宿と違い、早朝出発しやすいのもテント泊の自由さです。実際、テント泊の利用者の8〜9割は登山者なのだそうです。登った後にテント泊をするのも、帰りを気にせずゆっくりできて良いかもしれません。

TEN-BAでは、焚き火台を使えば火を起こすこともできます。何もせず、火を見つめて過ごす時間も贅沢

このキャンプ場を管理するのは、祖母山麓の嫗岳地区で環境保護活動や登山道整備などを行う団体、MMS21(mother・mountain・sobo)のメンバーです。この地域が「祖母・傾・大崩ユネスコエコパーク」に登録されたのを機に、若手メンバーが集まり、活動の幅を広げてきました。このキャンプ場もその一環です。メンバー自身も日頃から山登りやキャンプを楽しみ、2022年の秋に念願のキャンプ場をオープンしました。

今後はさらに、登山口近くの「神の里交流センター緒環」のリニューアルも予定されています。会長の工藤桂太さんは、祖母山のビジターセンターのような機能を持たせたり、地元の地区同士の交流の場や農作物のギフトセンター、移住者の相談窓口など、外の人だけでなく、地域の人にとっても役立つような施設作りをしたいと話していました。

一見すると、人里離れた場所にあり、人影はほとんど見当たらず、一体どこにいるのだろう?と思える場所です。しかし、泊まって、食べて、会話を交わしてみると、そこは地元の自然を愛し、日々の暮らしの中で自然と共存し、その価値を高めようと努力しているたくましい人々のいる山里でした。

ベースキャンプとなる拠点をつくり、その土地にどっぷり浸かる旅をすると、車で通り過ぎるだけでは見つけられなかった発見があったり、地元の人との会話が生まれたり、旅はどんどん自分だけのものとなっていきます。そして、その土地により興味が湧き、また訪れたくなります。私だけの旅とは、新しい世界で、新しい自分に出会う旅でもあります。

民宿清流(みんしゅく せいりゅう)

住所:〒878-0574 大分県竹田市神原1925

TEL:0974-67-2612

あ祖母学舎 (あそぼがくしゃ)

住所:〒878-0574 大分県竹田市大字神原13番地

TEL:0974-67-2121 FAX:0974-67-2181

定休日:毎週水・木曜、お盆(8/13~15)、年末年始 等
※但し宿泊に応じて対応可(電話・メールにて確認ください)

TEN-BA(テンバ)

住所:〒878-0574 大分県竹田市大字神原13番地

料金:1サイト2,000円(テント✖️1、タープ✖️1)

すべてオートフリーサイト 車約10台、バイク約5台乗り入れ可能

シャワー:利用料500円/人

洗い場、水洗トイレ有

※営業日や直近の情報は、TEN-BAのインスタ公式アカウント@asobo_tenbaを参照ください。

[大分県竹田市の宿泊、観光情報サイト]

たけ旅

https://taketa.guide/

text:Naho Yonemura

photograph:Tomokazu Murakami

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