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祖母・傾・大崩ユネスコエコパークの舞台裏

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祖母・傾・大崩ユネスコエコパークが認定されて5年を迎えました。ひとたび認定されたからといって、ずっとそのままというわけではありません。その地域に「持続可能性」がないと認定を取り消されてしまいます。裏を返せば、地域に住む人たちのたゆまぬ努力に支えられて、エコパークは成り立っているのです。認定に向けて尽力した当時のキーマンが、知っているようで知らないエコパークのこと、その舞台裏を語ってくれました。


佐伯 治

さいき・おさむ 1959(昭和34)年生まれ、阿蘇市出身。竹田市役所に勤務し、文化財課長、企画情報課長などを歴任。企画情報課長時代に祖母•傾•大崩ユネスコエコパークの登録に尽力。公益財団法人里見奨学会評議員。

「岡城では、月の出ない夜でも月見ができたんです」

岡城跡の北側を流れる稲葉川と岩壁。ここに「月見」の秘密が残っている。

「岡城では、月の出ない夜でも月見ができたんです」
謎めいた説明をしてくれたのは、佐伯治さん。藩政期から脈々と継がれている佐伯家当主という家柄です。本人は「第20代目くらいだったかな」と小首を傾げ、鼻にかけることはありません。

不思議な月見とはなんなのでしょうか。佐伯さんに連れられて岡城跡の北側へとやって来ました。「ここです」と佐伯さんが川向こうを指さします。その先には、草木に覆われた大きな岩壁がありました。阿蘇山の噴火によってできたものです。

岩肌がうっすら露出しています。そこには木製の足場があり、近くにはなめらかなカーブを描いた亀裂がありました。

これこそが月見の謎を紐解くカギです。なんでも、風流を好んだ藩主が、岩壁を三日月型にくり抜き、中に明かりを灯し、それを月に見立てて宴を楽しんだそうです。その名残りとして掘った跡が今も「三日月岩」と言われています。

自然に手を入れつつ、自然を楽しむというのは、山々に囲まれた竹田らしい逸話です。時代が変われば、自然とともに人の暮らしを続けていくというユネスコエコパークの理念にもつながります。

木製の足場の右上に見えるのが三日月岩。現在では近づくことはできません。

エコパークに尽力

白水(しらみず)の滝は、大野川源流の阿蘇郡高森町との県境に位置し、「国登録記念物」に登録されている「大分県百景」の一つ。
明治34年に滝の水を取り入れた白水井路が完成し、120ヘクタールを開田した。現役の堰が残る今では珍しい景勝地。

祖母・傾・大崩ユネスコエコパークが認定された2017年に、竹田市企画情報課長として奔走したのが佐伯さんでした。入庁以来、ずっと文化財保護課で、文化財の保護やカモシカの特別調査などに携わってきたこともあり、適任です。そのために異動したのかと思いましたが、佐伯さんは「たまたまです」と控えめ。ですが、文化財関連の業務で培った地元とのつながり、人脈、見識がすべて役立ちました。

地域をよく知るからこそ、認定してもらえたのは地元の人たちの熱意があってこそ。そう佐伯さんは語ります。ユネスコエコパークの話が持ち上がった時に、こんな話があると祖母山麓の住民に伝えたところ、「ぜひチャレンジしたい」という声が上がったそうです。

そこからは行政と地元が協議会を立ち上げ、スムーズに認定へと進んでいきました。

「結局は、地域の人が自分たちの住む地域を誇りに思って、地元が動かないと、前に進めません。地元の人がすごいやる気があるのと、受けられるなら受けようという姿勢の地域だと、やる気が違いますから」

そもそも、ユネスコエコパークという取り組みの目的は、地域の自然保護とそこに住む人々の生活の両立、そして、その持続的な発展にあります。地域に暮らす人たちに、自分たちの住む地域を守っていく意識は必要不可欠なのです。

祖母・傾・大崩ユネスコエコパークのゾーニング図。厳格に自然を保護する核心地域、核心地域を保護する緩衝地域、環境に配慮した持続可能な発展を目指す移行地域からなり、自然との共生が目的となっている。※イラストはイメージです。

では、エコパークとは、どのように成り立っているのでしょう。

核心部、緩衝地域、移行地域という3つのエリアに分けられます。竹田側の核心部は、もちろん祖母山です。自然環境を厳格に保護する必要があります。希少な原生林や豊かな植生、特別天然記念物のニホンカモシカ。そのほか、紀伊、四国、九州の山地帯に共通する固有の植生「ソハヤキ要素」などが構成要素に挙げられます。

緩衝地域は、竹田市の南部に位置し、祖母山の裾野に広がる里山です。核心部と街の暮らしの間にあり、両者のクッションとなるエリア。移行地域は、残りの竹田市全域で、自然と人の暮らしが持続可能な発展を目指す地域と位置付けられています。

もっとも中心となるのは、もちろん祖母山ですが、上述してきた通り、ユネスコエコパークは自然の豊かさだけで成り立っているわけではありません。緩衝地域、移行地域において、人の暮らしが脈々と営まれ、自然とともにあることで維持されています。

豊かな植生を保つ祖母山は、原生的な森が残り、生態系の多様性も維持されている。

自然の多様性だけでは、エコパークは成り立ちません。どれだけ豊かな自然であってもです。人が介在して、はじめて成立します。それは、これからも同じだと佐伯さんは言います。

「エコパークは1度認定されて終わりというわけではありません。人の生活も維持されていないと、取り消される可能性もあります」

高齢化、人口減少、それに伴う経済活動の縮小。各地の山間部で起きている課題であり、竹田も同様であり、エコパークの維持における課題でもあります。守っていくことが難しい反面、エコパーク自体が求心力を持っていると、佐伯さんは未来への可能性を指摘します。

昔ながらのホダ木を使ったシイタケ栽培。里山の循環に貢献しているという。

祖母・傾・大崩ユネスコエコパークが認定されたことで、多くの人に地元のよさを再認識してもらえたからです。地域の若手が中心となって始動した団体「MMS21(mother・mountain・sobo)」、祖母山麓再生プロジェクトも、そのひとつと言えます。

「(エコパークの)認定によって、地元の自然環境への意識が変わり、さまざまな活動が始まりました。その活動を続けていくことが何より大切です」

佐伯さんが語るように、地域に根ざした活動が成長して実りを迎えるのは、まだまだこれからです。

廃校を活用して、宿泊や自然体験などのできる施設として生まれ変わった「あ祖母学舎」では、キャンプもできる。人の営みと祖母山の自然をつなぐスポットのひとつだ。

祖母山の自然だけでなく、エコパークを構成する要素の中から、佐伯さんに地域の魅力を挙げてもらいました。

その一つが、「森の貴婦人」と呼ばれる「白水(はくすい)ダム」です。国の重要文化財に指定されており、1938年に建造された堰堤は、その造形と水流の美しさが見る者の目を引きます。農業用水を確保するために造られており、造形もさることながら、「自然に配慮した構造となっています」と佐伯さんが教えてくれました。

堰堤に向かって右側は階段状、左側はカーブを描いています。この独自の工法により、水の流れは勢いを弱められ、下流の地盤にダメージを与えないように配慮されているわけです。農業という人の営みと、自然との調和が考えられたユネスコエコパークにふさわしい農業近代遺産です。

白水ダム(はくすい)[白水溜池堰堤水利施設]

岡城跡からほど近い、国指定天然記念物の岩壁「竹田の阿蘇火砕堆積物」は、約30万年前からの地層が露出しています。阿蘇山の4回の噴火によって起きた火砕流の跡を観察することができます。莫大な量の火砕流で、大地が覆われてしまったため、大噴火4回の痕跡を一眼で眺めることのできるスポットはとても珍しいそうです。

国指定天然記念物

「竹田の阿蘇火砕堆積物」

住所:竹田市大字挾田字河内谷2番、2番2、2番3、5番2、5番5

駐車場:乗用車2台程度駐車可能

アクセス
豊後竹田駅より車で4分(1.7㎞)
※ 私有地です。柵内に立ち入っての見学は事前に竹田市教育委員会にご連絡をしてください。
竹田市教育委員会 0974-63-4833

核心部への入口のひとつは、祖母山神原登山口です。その頂(いただき)には神様がいます。いつの頃からか分からないほどの昔から、祖母山は信仰の山として崇められてきました。今も昔も変わらず大切にされる理由は、山に入り体感することでわかるかもしれません。

祖母山神原登山口入り口

祖母山神原登山口

住所:〒878-0574 大分県竹田市神原

駐車場:乗用車約20台分有り ※第2駐車場も有

トイレ有り

アクセス:豊後竹田駅より車で約35分

     登山口直行便『カモシカ号』※前日15時までの予約が必要。詳しくはコチラ

text: Takuya Wakaoka

photograph: Tomokazu Murakami

illustration: Toshinori Yonemura

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