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はじまりの物語

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瓦屋根の民宿で創作料理。祖母山麓の旬を味わう

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人は食べたものからつくられます。食は生命の源であり、地域の魅力を知る手がかりでもあります。地域を深く学びたいなら、地元の食材を味わうのが一番。祖母山麓の旬の味をたっぷり満喫できる民宿「清流」を訪れました。

阿南太二さん

あなん・たいじ 1984年生まれ、竹田市出身。祖母山の麓で、少年時代を過ごす。北九州市、福岡市、東京都内の飲食店勤務を経て、フランスに渡り、本場のフレンチを学ぶ。帰国後、湯布院の旅館で和食を学び帰省、祖父が経営していた民宿「清流」を継ぎ、料理の腕を振るっている。

祖母山麓のオーベルジュ

華やかな料理が次々と運ばれ、テーブルを彩ります。趣向を凝らした前菜に始まり、滑らかな舌触りの洋風茶碗蒸し、ほろほろと溶ける猪肉と、フレンチの技を使った品々が続きます。瓦屋根の和風なたたずまいの建物からは思いも寄らないコース料理です。

前菜だけでもこの充実度。左下から時計回りに、椎茸醤油、エノハのエスカベシュ、久住高原タマゴのフラン、自家製ハムと竹田シャインマスカットのサラダ、カボス酒、椎茸のアヒージョにチェダーチーズのたまり醤油漬け。センターを飾るのは祖母山麓の清流が生んだエノハをはじめとした刺身盛り合わせ。※料理内容は時期によって変わります。

ギャップに驚きながらも口に入れると、さらなる驚きが待っていました。バターでソテーしたシイタケはプリッとした食感がたまりません。旨みが凝縮されていて、濃厚なバターの風味に負けることなく、噛むごとに口の中に広がっていきます。

「渓流の女王」と称される川魚のエノハは塩焼きに。養鱒場「命水苑」の清らかな湧水で育った成魚は新鮮そのもの。上品な香りが食欲をそそります。
郷土料理を提供するレストラン付きの宿を意味するフランス語のオーベルジュ。フランスでの経験を元に祖母山麓の旬を提供する民宿清流にピッタリです。

艶やかな椎茸とチェダーチーズを繋げるのはたまり醤油。いつまでも残り続ける旨味。

茶碗蒸しに添えられたのはエノハ(サケ科に属する川魚)の卵。

香ばしいと瑞々しさが詰まった茄子の田楽。粉チーズのアクセントが新鮮。
先ほどまでピチピチしていたエノハはシンプルに塩焼きで。

蕩けるソースのかかったニジマスと青々としたクレソンどちらも主役。

添えられたユキノシタが、ほろりと溶ける猪肉を際立たせます。

地元で採れた食材をふんだんに使ったメニューの数々は、どれも新鮮で美味しいものばかり。絶品が続いて箸が進むだけでなく、ついお酒も進んでしまいます。

心地よい酔いを感じながら、シェフで宿の主人である阿南さんの言葉を思い出しました。

「食材を求めたら、ここでした。こんなに美味しいものがあるんだって」

フランスで修行を積み、地元に帰ってきた阿南さんが言うように、本当においしいものばかり。生まれ育った場所が特別だったなんて、とてもステキです。

実は、食材をどのように仕入れているのかを知りたくて、阿南さんにお願いして夕食前にキノコや野草の収穫に同行させてもらいました。

素通りしてしまうような何気ないところにところに美味しいものが隠れてます。

案内されたのは宿からほど近い里山でした。

「秋はたくさんの食材が自生していますよ」。阿南さんが先頭に立って歩いていきます。道の両脇には杉の林、足元には下草が茂っています。どこにでも見られる里山の風景ですが、食材の宝庫だと教わりました。

林道から外れて、落ち葉の上をうろうろする阿南さん。しゃがみ込んで、何やら手に取ります。近づいて見せてもらうとキノコでした。阿南さんは「イッポンシメジです」と教えてくれました。その後も次々に収穫していきます。

はじめは、そばで眺めていても何をヒントに探しているのか分かりませんでした。阿南さんの動きを注視しているうちに、落ち葉に覆われているだけと思っていた場所には、いろんな植物が生えていることに気づきました。

じっと目を凝らしていた場所のそばで、私もキノコを発見!阿南さんのようには、なかなか素早く見つけられませんが、なんとか収穫できました。

落ち葉だけと思っていた茶色の景色には、実はさまざまな色、さまざまな植物に満ちています。イノシシが土を掘り起こした跡もヒントです。阿南さんにそう教わり、地面の凸凹にも敏感になりました。

山が与えてくれる恵みを採るのは、野生動物との競争です。でも、すべてを採ることはありません。

「必要な分だけ、山から与えられるのだと思っています。全部を採ってしまうと、次の年に出なくなってしまうんですよ」

足るを知るということなのでしょう。根こそぎ収穫せずとも十分です。山の生態系はそうやって受け継がれてきています。

山の恵みと共に見つけた古びた空き缶を手に抱え、次の収穫ポイントへ。

ホダ木で育てているシイタケも収穫。大ぶりなものだけでなく、阿南さんはまだカサの開いていないものも手にとります。ずいぶん小ぶりなようですが、「こっちの方が、風味が凝縮されているんです」とのこと。野生動物が好んで食べるのも、小さなものだそうです。

キノコだけでなく、ほかの食材の収穫が続きます。お次は岩場に移動です。阿南さんが岩陰から見つけたのは、丸い葉がかわいらしいユキノシタでした。表面はうぶ毛に覆われ、葉脈に沿って白い筋が入っています。厚みのある葉ですが、天ぷらにすると軽い口当たりで美味しいそうです。

ユキノシタは、昔から火傷や湿疹などに効能があるとして民間療法に使われています。

さらに、近くの湧水にはクレソンも自生していました。

「これは地元の人もあまり知らないんですよ」。阿南さんが採っていると、地元の人に何が採れるのかを聞かれることもあります。

そんな珍しいスポットを知っているのは、小学生の頃によくきていたから。帰り道に立ち寄ってはここで清水を飲んでいたそうです。その際に座って休憩していたというベンチは、苔むしていました。

勢いよく流れ出してくる湧水。阿南さんが小さい頃から変わらない光景です。

ユキノシタも、クレソンも必要な量だけ収穫します。

里山が遊び場だった阿南さんの少年時代。おやつは道端にある野イチゴでした。湧水だけでなく、祖母山麓の恵みを食べて大きく成長しました。

豊かな自然に育まれた食材は力強く、そして繊細です。幼い頃の体験は、料理人としての修行時代に生かされました。

「シェフから舌がいいと褒められて、嬉しかったなあ。きっと、昔の経験によって磨かれていたんでしょうね」

エノハは祖母山麓の湧水を利用した養鱒場「命水苑」で直前に仕入れる。

20代の頃には、北九州でイタリアンを学び、福岡市内のレストランで、本格的なフランス料理と出会いました。その後は東京へ。修行を重ねる中で、さらに深く学びたいという思いが募り、フランスに渡航。現地で印象に残ったのは、田舎町に三つ星を掲げるレストランがあったことだと阿南さんは振り返ります。そばには畑や牧場がありました。自分たちで育てた食材、身近なところにあるものを生かして調理するという文化でした。素材の味を最大限に引き出すというのは、和食の技につながる考え方です。そんな風景を目の当たりにして、「国という枠にとらわれていたけれど、大切なものはどこも一緒なんだ」と知る事ができました。

帰国して再度日本食を学ぶために湯布院で腕を振るいましたが、故郷に戻ってからは半年ほど何もできない期間がありました。家にこもり、たまの外出は散歩だけ。あとは家でじっとしているという日々を繰り返していました。

「一歩を踏み出せなかったんでしょうね」と阿南さんは当時を振り返ります。

見かねた集落の人たちがキノコやギンナンを採りに行こうと、手を引いてくれました。

「幼い頃から知っている、じいちゃん、ばあちゃんでした。俺を何とかしようとしてくれたんでしょうね」

この時の経験は、阿南さんにとって大切な時間になりました。そして、生まれ育った土地をより深く知ったことで、その魅力を伝えたいという思いが強まりました。祖父が切り盛りしていた民宿を継ぐ決意を固めるきっかけになりました。

料理に添える彩りは自宅の畑から収穫します。

宿から歩いて川を渡った先にある、健男霜凝日子神社(たけおしもこりひこじんじゃ)でギンナンを収穫。境内の大木は子どもの頃からの遊び場。

最初のお客さんはドイツからでした。それ以降も、国内だけでなく、欧米から何度も足を運んでくれる方もいるそうです。

阿南さんがその良さを再発見した故郷は、国を問わずに同じように魅力を感じてもらえる場所でした。

祖母山麓の自然と、人のあたたかさを感じてもらうことが、阿南さんの思い描く宿のあり方です。遠方からでもリピートしてくれる人がいるというのは、きっと思いが届いているからでしょう。

民宿「清流」

祖母山を目指す神原登山口から、もっとも近い民宿として多くの登山者にも親しまれています。自然豊かな立地に加え、フランスや日本各地で修行を積んだ阿南さんの料理と人柄に惹かれ、国内にとどまらず、海外からのリピーターも少なくありません。祖母山麓の旬の山菜、川魚をはじめとする料理を味わい、離れにあるヒノキ造りの大浴場へ。鉱泉を沸かしたお湯に浸かって、じんわりと旅の疲れを癒やせます。浴槽からは季節ごとに変わる渓谷の景色を楽しむこともできます。

民宿清流についての詳細はこちらをご覧ください。

text:Yu Harada & Takuya Wakaoka

photograph:Tomokazu Murakami

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